イノベーションには攻めと守りがある。オープンイノベーションを推進するKDDI中馬氏に学ぶ変革の必要性

目次

平時はもちろん、有事の際も可能性を見出し、投資し続けることで企業としての成長が見込める

重要なのは、変革に対する備え。蓄積があれば変化の際に踏み込める

−−近年、DXに対する熱が国内でも高まっていますが、これらを含め、新型コロナウイルス感染症(以下コロナ)の影響も相まって、変革に対する必要性が叫ばれています。その点についてどのようにお考えですか。

中馬氏:東京都で開催されたコロナに関するイベントに参加して興味深かったのがコロナに対する受け止め方です。特に大企業など事業会社は、大きく2つに分かれているようです。1つは新規事業を完全凍結し、直面する危機を乗り越えるために、まずは土台となる本業に注力する会社。もう1つはコロナ禍を変化点、つまりチャンスと捉え、臆せず踏み込んでいく会社。両極端ですが私は、恐らくこの1、2年で、両社は大きな差がつくと思います。

これは考え方の違いであって、業績の好不調で分かれているわけではないと思っています。一例ですが、先日KDDIはJR東日本と業務提携を発表しましたが、JR東日本は、鉄道事業とエキナカやデパートなどの非鉄道事業の比率が7対3になっています。今は鉄道事業がコロナの影響もあり非常に厳しく、定期券収入なども大きく減っている状態です。業績で考えれば、新規事業を凍結するカテゴリーですよね。

ですが、JR東日本には非鉄道事業という3割の軸がある。ここを伸ばそうという方向に一気に加速しているわけです。だから必ずしも業績が悪いから新規事業を凍結する方向ではなく、しかも鉄道と非鉄道の比率も7:3から6:4にしようと進めており、非鉄道事業への投資を増やしています。

今を変革のタイミングとして捉え「攻め」の姿勢でパートナリングしながら新しい領域にチャレンジする。これを繰り返し、非鉄道の割合を増やしていき、事業をバランシングするということをやっています。

彼らの姿勢からもわかるとおり、重要なのは変革に対する備えであり、「蓄積」だと思っています。平時に有事のことを考えて備える企業は多いと思いますが、コロナ禍のような有事であっても、いずれ来る平時に備えた「蓄積」をしていかないと成長は難しいと考えています。

コロナ禍や震災などの影響で、会社に通勤しにくくなったときにいざテレワークを進めようと思っていても、普段から準備していないとテレワークは進められません。同様にJR東日本の場合は、新規事業を駅ナカ事業に20年間鉄道以外の事業をやってきて、3割まで来ているからもっと増やせばよいという軸があるから攻められると思います。

これがなくて本業1本足の会社では、新規事業の種があったとしても事業全体で考えると非常にわずかだと思います。そうなると、その新規事業の種に社運をかけられないので、まずは本業を守ろうということになり、結果的にいわゆる「空白の2年間」が生じてしまいます。そうなると、新規事業の種がないので、3年後には大きな差がついてしまうというような構図になるのではないかと思っています。

現在から変革しはじめている会社ではなく、従来から変革をしている会社は、まさに現在、攻めている状態になっています。現状でも変革していない会社とそうでない会社では大きく差がついている感覚がありますし、今後はより大きな差がついていくと思っています。

しっかりと平時から投資をしていれば、つまり「蓄積」があれば、変化のタイミングでさらに踏み込むことができます。踏み込めないケースは、DXが進んでいなかったり、IT活用しようとしても社内で止まっているケースが多いのではないでしょうか。今後はもっと差がついていくと思っています。

未来の糧ために投資をするということは民間企業の責務

−−企業における変革の必要性、そしてコロナショックも含め、有事の際の蓄積が大事であるというお話がありましたが、一方で「攻め」と「守り」のバランス、「攻め」に行けるかどうかの判断が経営者に求められると思うのですが、逆境の中でも「攻める」という判断ができるようになるには、どうすればよいと思われますか。

中馬氏:「蓄積」のポイントは、必要ないときにも可能性を見出したものに投資し続けること。いざというときに変革できるような備えが大事だと思います。

他社の方からよく言われるのが「KDDIは利益が順調に出ているのにもかかわらず、なぜそこまでに投資に力を入れるのか」ということです。そこは認識のギャップがあります。例えば、私が入社した当時、KDDIでは国際電話の売り上げは非常に多かったのですが、現在では全体の売上に占める割合はとても低くなっています。つまり、私が入社した1996年当時から変わらなかったら、会社が立ち行かなくなっていたのです。

Skypeが登場し、現在ではLINEなどで国を跨いだ通話ができているため、当時のような国際電話は必要なくなりました。ユーザーは1円もかからず国際電話ができるようになったわけです。結果的に、私が入社した国際電話の会社はディスラプトされてしまいました。SkypeやLINEのような新しいテクノロジーによってサービスが無効化し、距離の壁がなくなって大きな売り上げが消えたわけです。創業当時は、国際電話会社だったKDDIは、今では電話事業を主体としていないのです。

このように一度、事業としては完全にディスラプトされていますが、インターネットが登場し、その後のISPブームになり、KDDIはDIONというISPサービスを開始して売り上げを拡大させました。しかし、その後はご承知の通りですが、Yahoo!BBなどの登場により競争が激化しました。KDDIでも電話からインターネットにトランスフォームしたものの、現在ではインターネットもまた、携帯電話にディスラプトされてしまった。毎回ビジネスモデルも大きく変わっています。

KDDIのように本業を新陳代謝して、たった20年でここまで成長している会社はそう多くないと思います。加えて通信業界の速度は早いですし、KDDIは本業で繰り返し新陳代謝を起こしているため、企業規模の割に、社内に変革への耐性があると思っています。時流、トレンドは、本当に頻繁に変わっていきますが、それを目の当たりにしてきました。テクノロジーが変わると人も変わりますし、その意識を持てるか持てないかは大きいと思います。そして、KDDIの強みはその点を経験値として持っているということに尽きると考えています。

だからこそ未来の糧ために投資するということは、民間企業の責務だと思っています。テクノロジーも変化していくように、民間企業である以上、永遠に続く事業はないというのが私の考えです。それは企業として生き残るために、そこで働く社員を養うために、そして株主のために必要なことだと思っています。このような投資マインドは、残念ながら現在の日本企業は薄く、結果的にM&Aが少ないことにも繋がっていると思います。

社会的に影響力・インパクトを与えているところに投資したい。起業家の嗅覚をまずは信じる

投資基準はKDDIのアセットを提供し、成長する速度が倍速になるかどうか

−−現在、50社以上をM&Aしているそうですが、投資先を見極める基準となる考え方について教えてください。

中馬氏:CVCからの出資は100社程度で、KDDI本体からの投資も数多くあると思いますが、まずCVCについては、投資対象は明確に通信以外です。次のビジネスの核を探しているためです。かつ、社会的に影響力・インパクトを与えているところに投資したいと考えています。また、単なる投資だけではなく、投資後にKDDIのアセットを提供することで、そのスタートアップが加速度的に成長する、速度が倍速になるかという指針で判断しています。

私は、社内で考えた新規事業よりも、ベンチャー経営者を信じるようにしています。社員という安定性があるサラリーパーソンの考えた新規アイデア対し、ベンチャー経営者は、私財を投げ打って「このマーケットは絶対儲かるはずだ。」、「ビジネスチャンスがあるはずだ」というマーケティングをした上で起業されています。この精度のレベルは、会社に入って他の仕事もしながらアイデアを出す新規事業よりも、起業家の嗅覚の方が高いと考えています。そのため、私は起業家の嗅覚をまずは信じることにしています。しかも、複数の起業家が同じマーケットで勝負しているのであれば、絶対にそこには可能性があるという観点で考えています。

だから私は、基本的にはマーケットの状態を捉え、それに合わせて投資をするようにしています。KCVCへの投資においては、現在のKDDIのためではなく、未来のKDDIのために投資しているので、ベンチャーマーケットからすると投資基準が明確になっていると思っています。

既存産業×第三次産業により第四次産業革命が起こる

第四次産業革命は足し算ではなく、掛け算

−−パートナーと投資先と協力して未来のKDDIをつくるということは、世の中に対してどのようなバリューが出せるとお考えでしょうか?

中馬氏:最近私は、「第四次産業革命が来る」とよく話をしています。第一次産業革命はイギリスで起こり、農業や水産や林業などが機械化されました。次に第二次産業革命では、電気や石油などのエネルギー技術の導入・普及が進みました。そして第三次産業革命では、情報通信技術やインターネットなどが全ての産業に足されてきています。ここまでの動きは、すべて「足し算」です。

つまり、蒸気機関が発明され機械化された紡績業が生まれましたが、紡績業などが第一次では台頭し、次の第二次では電機産業、国内企業で言えば松下電器産業(現パナソニック)やソニー、海外ではフィリップスとなどが伸びてきました。しかし、蒸気機関を使っていた紡績業が電化されても、紡績業自体はディスラプトされていないのです。つまり、既存産業に新しい技術が足されているだけとなっています。

GoogleやAmazonなど第三世代のインターネット企業がたくさん出てきましたが、トヨタもソニーもディスラプトされていません。株価は確かに逆転されましたが、世の中への影響力はそのまま残っています。これまで産業革命は、このように足し算でどんどん新しい産業が生まれてマーケットが拡大しています。

でも、今回は違うと考えています。それは何かというと、新しいものは生まれず、既存のすべての産業に第三次産業のインターネットテクノロジーが入っていくことになると考えています。つまり「掛け算」です。

全産業が再定義される時代。そこではインターネットと通信インフラがキーになる

KDDI中馬氏BizteX代表インタビュー嶋田氏

−−昨今わかりやすい産業革命としては、自動車×ITになりますし、産業革命以前では、農水産業×ITですね。

中馬氏: 第三次産業としてインターネットが出現しましたが、おそらく農業をやっている人にとって関係のない領域として気にしていなかったと思います。例えば、農業におけるインターネットと言っても「ネットショップを導入する可能性がある」程度の認識で、全体に占める割合は低かったと思います。

一方で農業のDXが起きてくると、例えばこれまで人が動かしていたトラクター などが自動化されていきます。労働集約型であった農業が工業化されるため、ロボットが農作地を耕したり、刈り取りをすることになります。例えば、天候を予測・分析し「そろそろ台風来るから早めに刈り取ろう」、「もう少し待てばより多く収穫できるので、もう少し刈りを待とう」など、データドリブンな農業になります。さらに「この農作物を欲しいお客さまがいるので、すぐ刈り取りして届けよう」など、上流のデマンドと連携した農業につながる可能性もあります。

このような世界が来ると考えており、すでにIoTが入ってきている自動車業界だけでなく、農業・水産業などのすべての産業がテクノロジーで新しいビジネスに変わる必要があります。私たちは大規模なDX、イノベーションが起きるまさしく狭間におり、5Gの普及とともにすべてにインターネットが掛け算される世界になってくると思っています。

ただ、この「テクノロジーの掛け合わせ」に気付いている人と気づいていない人が両方おり、おそらく気付いていない農業の人たちは、これからディスラプトされる可能性があります。どう考えても、外部環境がテクノロジー化されてきた場合は生産性で勝てませんし、テクノロジーにより個別最適化された商品に対して、価格競争力が低く勝てなくなる可能性があります。個人のニーズを満たせるようなサービスが提供できない農業と、近代的で新しいモデルに移行し、お客さまのニーズに応じたものを必要な分だけ作るという構造に分かれてくると思います。

このようなことが全産業に起きてくると思っているので、ある意味とんでもない時代が来たと思っています。これらは、あらゆるものに通信やAIが入ることで実現できることです。この新しい時代では、私たち通信事業者が全産業に対して何かしらの影響を与えられると考えています。

すべてのお客さまがDXしていくというときに、通信、AI、IoTというものがデフォルトで入っていくビジネスをデザインしなければいけません。DXが進んだ先のビジネスモデルや新しいサービスアイデアを考えるとき、インターネット側の知恵や知見が重要だと考えているので、その肌触り感もいるのです。

産業のイニシアチブを持っている既存産業のアセットを、スタートアップのアイデアや通信会社のITのテクノロジーを使い、既存産業のアセットを再定義し、モダンなビジネスモデルとして変えていくことで、もっと稼げるモデルを提供していく。そういう役割を私たちは担っていると考えています。

コロナによって5-10年かかるものが、今、実現している

大きな変化が起きているので新しいプレイヤーは大きなチャンス

−−少し話は戻りますが、こういった産業の変化についてはコロナ前後によって変わったものがあるのでしょうか。

中馬氏:一連のコロナ騒動によって少なくとも5年から10年かかるはずだった遠隔での教育や診療、テレワークなどがすべて現実になりました。

ここで新しい産業や新しいプレイヤーが果実を採り、それによって従来型のビジネスがディスラプトされることが強烈に起きてくるので、大きなチャンスだと思います。このチャンスを掴むことや、スタートアップから選ばれる立場にならなければなりません。

そこで重要なのは、どの相手を選ぶかです。成功・成長は相手次第です。しかし、必ずしも企業規模とかネームバリューで選ばないほうが良いと思います。なぜなら絶対安定と言われたところも、事業が傾く時代だからです。ですので、一部上場の名門企業と業務提携しましたと言っても、実はその会社は意思決定が遅く、それに付き合わされてしまい、会社の運営も厳しくなる可能性もあります。

やはり同じスピード感でやってくれるかという点や、スタートアップが小さい下請け企業だと思っていない会社といかに付き合えるかということなのかもしれません。

BizteX cobit 資料ダウンロード

伸びる企業は攻めるために守るという役割が社員に根付いている

−−KDDIではDX人材を育成しているのですね。育成プロセスの中に、リアルの実地として私達のような投資先に送り込むのもいいですね。スタートアップとしても人材が足りないし、大手企業の優秀かつ尖った人材と一緒に働くことで社内も活性化されます。因みに、DX人材とはKDDIさんはどのように定義されていますか?

中馬氏:オープンになっていませんが、スキルでいうと結構細分化されていて、基本的にはDXに必要な要素は4つあるといつもお答えしています。

ビズデブ、プロダクトマネージメントの開発、データアナリティクス、UXデザインの4つです。この四象限が揃わないと、たぶん新しくモダンなプロジェクトが遂行できないと思っています。

マインドセットに関して言うと、僕らのチームみたいに「指示がなくても自分で勝手に探してくる」という放置された状態で頑張れるかどうかです。この環境下で好き勝手やる人は伸びるし、モジモジして言われたことしかしない人は向いてないでしょう。僕は育てられないから適性のある人をできるだけ拾ってあげることのほうが大事だと思っています。

どれだけ自主的に動けるか。私は仕事っていうのは、愛する人を思うように自分の仕事とかお客さまに向き合えば必ず結果が出るということとして、「愛する人を思うように」と伝えています。

−−そういう人がたくさん大企業にいると、もっともっと大企業が活性化しそうですよね。

中馬氏:「よくKDDIって中馬さんみたいな人ばっかりですか?」と言われるのですが、僕みたいなのはいませんよ(笑)。

通信会社では、日々24時間、お客さまの携帯電話を提供する必要があります。つまり、守る仕事となり地味な仕事ですが、ひとつひとつのチェックを何十回も、入れ代わり立ち代わり安全第一でやっている人たちがたくさんいてくれて、その人たちがベースとなり、この会社の今の収益が成り立っています。

その人たちがイノベーティブになって、新しいことやってしまおうとなったら危険ですよ(笑)。つまり、全体の8割9割の人はしっかりと真面目に仕事をしてもらい、でも1割か何割かの人に関しては、次を見てやっていくことが必要です。

それを同じ社員として両方を尊重して、どちらかに偏るのではなく、経営者は両方をダブルスタンダードで管理できるかどうかが必要で、重要な点だと思います。

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